「ていねいに生きる」

日々を紡ぐ、学生の備忘録

『閲覧注意』まさに、読む毒。キケンな小説8選

 

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どうも、がんです。今回は小説についてです。

 

ただ、小説といっても普通の本ではありません。伊坂幸太郎村上春樹東野圭吾などではなく(もちろん好きですよ!)

 

僕が今回オススメするのは、

 

「残酷」「グロい」「アウトロー」「アブナイ」

 

そんなワードで表現されるキケンな小説についてです。

 

今回は今まで自分が読んだ、普段人が交わらないカオスな、アウトローな世界を描写する、時には「奇書」や「タブー」とも表現されるキケンな小説8選を紹介したいと思います。

 

さいごには「キケンな読書のすヽめ」について書きました。

 

  

1.ドグラ・マグラ

 

読めば精神が犯される「日本三大奇書」のひとつ

ドグラ・マグラ夢野久作によって書かれた「読むと精神が病む」とまでいわれる作品。黒死館殺人事件、虚無への供物と並ぶ日本三大奇書のひとつであり、構想・執筆に10年以上の歳月がかかっている。

 

なぜ、精神が犯されるといわれるのか?それは、この作品の複雑性にある。

 

とにかく、わけがわからない。精神病患者が主人公で、事件の犯行・犯人を追うという一見普通に思えるストーリーだが、そこに様々な論文・メタファー(と思われるもの)がぶち込まれまくる。自分は読んでみたものの、結局わけがわからなかった。

 

なぜ書いたのか?何を書いたのか?全く読んでもわからないのだ。ただ、こうした小説を含め、小説なのだと思う。ぜひ一度読んでみて欲しい。

 

ドグラ・マグラの作品の中でドグラ・マグラはこう説明されている。

 

「これはある精神病者が描いたものだ。」

  

2.家畜人ヤプー 

ある夏の午後、ドイツに留学中の瀬部麟一郎と恋人クララの前に突如、奇妙な円盤艇が現れた。中にはポーリーンと名乗る美しき白人女性が一人。二千年後の世界から来たという彼女が語る未来では、日本人が「ヤプー」と呼ばれ、白人の家畜にされているというのだが…。(「BOOK」データベースより)

 

戦後日本文学最大のタブー 

家畜人ヤプー沼正三によって書かれた、戦後日本文学最大のタブーといわれるSF・SM作品。内容は余りにも突飛・過激過ぎて何から伝えれば良いのか迷うほど。

 

とりあえず簡単に内容を説明すると、婚約中のカップルである日本人青年麟一朗とドイツ人クララが突如現れた未来帝国EHS人に遭遇し、未来の世界に連れていかれるというもの。うん、ここまではSF小説。普通普通。

 

ただ、問題はこの未来の世界なのである。

 

この未来の世界では、

 

・白人が「人間」、黒人が「半人間」、そし日本人がヤプーと呼ばれる「家畜」として扱われている

 

女が男を支配する世界(SM世界ってことか)

 

なんだそりゃ!?と思って読んでみると、内容も中々にエグい。マゾヒズム、人体改造、、といったアウトローな表現が満載となっている。

 

ヤプーは生体家具、肉便器に、、その為の学校があるとか、、デーモン小暮閣下もビックリだよ!!)

 

そんな文学誰が読むねん、、と思うかも知れないが、この作品は文学界において評価を受けているのも事実だ。巨匠、三島由紀夫はこう言ったといわれている。

 

 

君も読んでる『奇譚クラブ』にすごい小説載ってるよ。「家畜人ヤプー」。読んだかい君!

 

 

うん、誠に大変な小説である。

 

普通に生きていれば出会わないし、読むこともない作品なのでこの機会に読んでみることをオススメしたい。雑か。

 

3.独白するユニバーサル横メルカトル

 タクシー運転手である主人に長年仕えた一冊の道路地図帖。彼が語る、主人とその息子のおぞましい所行を端正な文体で綴り、日本推理作家協会賞を受賞した表題作。学校でいじめられ、家庭では義父の暴力に晒される少女が、絶望の果てに連続殺人鬼に救いを求める「無垢の祈り」。限りなく残酷でいて、静謐な美しさを湛える、ホラー小説史に燦然と輝く奇跡の作品集。(「BOOK」データベースより)

 

奇才、平山夢明による「オカルトホラーの金字塔」

独白するユニバーサル横メルカトルは、僕が個人的に好きな平山夢明という作家が書いたブッ飛びまくってる短編小説集

 

ブッチギリの奇才、平山夢明

そもそも平山夢明という作家は多くのホラーや怪談物を手掛けており、奇才として知られている。奇才というか、ぶっ飛んでいるという言い方もできるが。有名な武勇伝では「富士の樹海でテントを一人で張り、夜通し執筆する」など。編集さん真っ青のブッチギリの奇才なのである。

 

 

そんな彼が書いた短編ミステリー小説集「独白するユニバーサル横メルカトル」はなんと、2006年に発表されるとその年の「日本推理作家協会賞短編部門賞」を獲得。

 

さらに、なんと2007年には「このミステリーがすごい!国内部門1位」を獲得してしまったのである。確かに内容はミステリーに違いないのだが、何と言っても書いているのは富士の樹海で本を書くブッ飛び人間、平山夢明だ。

 

 

その描写は残酷、グロテスク極まりなく、普通に読んでいたら正気を保てないような物ばかり。それでも読んでしまう、それが平山夢明の小説の凄さ。

 

もちろん過激な描写であることに違いはないのだが、個人的には「オペラントの肖像」という話が特にオススメ。21世紀後半、人類があらゆる「抑制」を強いられ、芸術が否定される時代という設定でこちらの想像の上をいく描写・展開に圧倒されるが、読後感は他にはないものを得られる。

 

グロいの苦手という方は、まず短編集から始めてみてはいかがだろうか。雑か。

 

 

4.Dinner

ひょんなことから、プロの殺し屋が集う会員制ダイナーでウェイトレスをする羽目になったオオバカナコ。そこを訪れる客は、みな心に深いトラウマを抱えていた。一筋縄ではいかない凶悪な客ばかりを相手に、カナコは生き延びることができるのか? 次々と現れる奇妙な殺し屋たち、命がけの恋──。人の「狂気」「恐怖」を描いて当代随一の平山夢明が放つ、長編ノワール小説。(「BOOK」データベースより)

 

平山夢明が描く「ハードボイルドスプラッターアクション」 

DINNERも同じく平山夢明が書いた長編小説。

 

主人公オオバカナコがお金欲しさに闇の世界に足を入れようとして、行き着いたのは殺し屋専門の定食屋(ダイナー)のウェイトレスという設定。

 

殺し屋といっても007に出てくるようなクールな暗殺者ではない。そんな甘ったれたものではない。平山夢明が描く殺し屋はとにかく残忍かつ冷酷であり、ダイナーにはそんなイかれた奴らがわんさか来る。

 

そんなイかれた奴らに極上の料理を提供するのが、オーナーのボンベロ。ボンベロも礼儀のない殺し屋には容赦無く殺しにいくという、まさに修羅場。

 

そんな血で溢れかえるような、まさに地獄のダイナーでオオバカナコが奮闘する(生き延びる)内容なのだが、とにかく残酷・過激な描写が多い。それでも登場人物一人一人に確かなキャラと背景があり、人間味があるのがこの小説の魅力でもある。

 

そして流石の平山夢明というべきか、500ページ以上の長編の中でサスペンス要素も楽しめる。おお、なんだか面白そうじゃないか。

 

普通のアクション・サスペンス小説じゃもの足りないという人は「ハードボイルドスプラッターアクション」のDINNERを読んでみてはどうだろうか。

 

読書にもスパイスは必要な、はず。

 

5.殺戮にいたる病

 永遠の愛をつかみたいと男は願った―。東京の繁華街で次々と猟奇的殺人を重ねるサイコ・キラーが出現した。犯人の名前は、蒲生稔!くり返される凌辱の果ての惨殺。冒頭から身も凍るラストシーンまで恐るべき殺人者の行動と魂の軌跡をたどり、とらえようのない時代の悪夢と闇を鮮烈無比に抉る衝撃のホラー。(「BOOK」データベースより)

 

連続猟奇殺人事件を描く「現代叙述トリックの最高峰」

 

素直に一言。この小説は、本当にスゴい。おそらく10人読んで9人、いやおそらく10人がアッといわせられるのではないだろうか。

 

現代叙述トリックの最高峰と呼ばれる通り、小説の最後でわけが分からなくなり、もう一度読み返すだろう。最近の小説で言えばイニシエーションラブに近いか。

 

そんな名作なのだが、本編の内容はかなりグロテスク・過激なものである。突如現れたサイコキラー蒲生稔が想像を絶する猟奇殺人を繰り返していくのだが、その視点が母親の雅子、元警察官の樋口、そして稔本人の3点から描かれ、最後のシーンまでに至る。

 

なぜ猟奇的殺人を繰り返すのか、犯人のその異常な思考過程にも目を見張るものがある。(余りにもリアルに犯人の視点が描かれているので自分も読みながら冷や汗を流しました。。)

 

そんなシリアスな展開の中に忍ばされたトリックに気づけるか、いやおそらくどれだけ気を配ろうとも最後のページを読んだ読者はもう一度この小説を読み返すことになるはず。

 

シリアスとトリックの最高峰、楽しんでみてはどうだろうか。

 

6.彼岸の奴隷

手と首を斬り落とされた女の死体が発見された。捜査一課の蒲生信昭は、所轄の刑事・和泉龍一と組み、捜査を開始する。だが、被害者の娘、大河内涼を見たとたん、和泉の様子がおかしくなる。和泉を疑い出した蒲生は、彼の過去を調べるが……。血と暴力に彩られたあらゆる罪悪が襲いかかる狂気のクライム・ノベル。鬼才・小川勝己が描く、救いのない、背徳的な快楽に満ちた世界から、あなたは抜け出せるか――(「BOOK」データベースより)

 

混沌と殺戮の世界を綴った「救いのない物語」

 こちらは一見普通の刑事サスペンスものかと思いきや、登場人物が全て深い闇を抱えているというある種の「救いのない物語」となっている。

 

ある事件をきっかけに交わることとなる警察と暴力団。そしてそこに巻き込まれていく人々。腐敗した警察、どこまでも残酷になれる暴力団、ヤクザと繋がるカトリック信者の女性など、いずれの人物もどこか闇を抱え、残酷・卑劣な描写が多く、トラウマになるシーンも少なくない。

 

これはサスペンスという要素以上に、紛れもなく人間が内に秘めている残虐性を描いたものだと思う。事件と関わる中で、変わり果てていく主人公の描写は間違いなくその残虐性といったものが剥き出しになる過程を象徴している。

 

読後の爽快感なんて、ありません。むしろ残るのは絶望。それでもこの物語を読む人はいる。それが人間だから。

 

 

7.殺人鬼

 伝説の傑作『殺人鬼』、降臨!!’90年代のある夏。双葉山に集った“TCメンバーズ”の一行は、突如出現したそれの手によって次々と惨殺されてゆく。血しぶきが夜を濡らし、引き裂かれた肉の華が咲き乱れる…いつ果てるとも知れぬ地獄の饗宴。だが、この恐怖に幻惑されてはいけない。作家の仕掛けた空前絶後の罠が、惨劇の裏側で読者を待ち受けているのだ。―グルーヴ感に満ちた文体で描かれる最恐・最驚のホラー&ミステリ。(「BOOK」データベースより)

 

カリスマミステリー作家が贈る「スプラッター小説の傑作」

 

綾辻行人といえば「十角館の殺人」を代表作とする館シリーズが有名。日本ミステリー小説界にその名を残すカリスマである。

 

「殺人鬼」はそんなカリスマミステリー作家が放つ渾身のスプラッター小説となっている。こちらの小説、確かに綿密に練られた伏線の上で話が転がされていると思うのだが、それ以上にグロの要素が半端ではない。

 

この物語に登場する殺人鬼には、理性などない。殺人鬼の行動自体は意味を持たないのだ。なぜなら殺人鬼は圧倒的な「悪」だから。だから人間をゴキブリの様に殺すのだ。そこに感情もなければ、理由もない。だからどこまでも残酷に、徹底的に殺していく。

 

そんな底の見えない「悪」と遭遇する男女グループの壮絶な物語。そこに壮大に仕掛けられたトリックを愉しめそうな人にはオススメしたい。

 

ただし、間違いなく気持ち悪い。綾辻さんすごいです。(自分は一晩で読みました)

 

8.隣の家の少女

 1958年の夏。当時、12歳のわたし(デイヴィッド)は、隣の家に引っ越して来た美しい少女メグと出会い、一瞬にして、心を奪われる。メグと妹のスーザンは両親を交通事故で亡くし、隣のルース・チャンドラーに引き取られて来たのだった。隣家の少女に心躍らせるわたしはある日、ルースが姉妹を折檻している場面に出会いショックを受けるが、ただ傍観しているだけだった。ルースの虐待は日に日にひどくなり、やがてメグは地下室に監禁されさらに残酷な暴行を―。キングが絶賛する伝説の名作。(「BOOK」データベースより)

 

全ての人に読む価値がある「最悪の一冊」

 

この本ついては多くを述べたくはない。それほどに少女虐待という「最悪」が描かれている一冊である。少女が陥る救いのない物語に、途中で読む手が止まるかもしれない。

 

それでも同じような事件が現実では起きている。そうしたリアルを受け入れる、という意味では全ての人に読む価値があると自分は思うのでここに紹介した。

 

嗜好性だけでは読めない、覚悟を決めて読むことをオススメしたい。

 

 

まとめ:キケンな読書を勧める理由

 

 どうでしたでしょうか。

 

キケンな読書、グロい以上に本当に意味のわからない文学って何か惹かれるものがあるんですよね。ぶっ飛んでいる内容にしろ、同じ人間が書いてるのに何でこんな文章を書けるのだろう。何か神秘のようなものをシンプルに自分は感じてしまいます。

 

一方で残酷な、グロテスクな描写が苦手だという人が恐らくほとんどだと思います。その感覚はもちろん正しくて、倫理観といった面でも何ら問題ないでしょう。

 

でも自分はあえてグロい、残酷、救いなのない、そんなキケンな読書を勧めたいと思っています。なぜなら、残虐性は人間が誰しも内に秘めているものであり再確認する必要があるからです。

 

 

ganchan.tonoshiya.com

 

こちらの記事でも紹介した通り、人は皆「残虐性」を持っていると思います。これは人間の歴史が証明しているし、目を背けてはいけない現実。

 

これらはもちろん許されないものです。だからこそ人は残虐性を客観視できる場を必要とするし、そうした機会が必要だと思います。

 

現代社会では、恐ろしい猟奇殺人・虐待のニュースが溢れています。そしてニュースは表面だけをセンセーショナルに伝えて、日常的に僕らはそれを眺め「ひどい、何てことをするんだ」という感情をもちろん持つでしょう。それは大事です。正しいです。

 

でも、そうしたニュースを1週間・1ヶ月経った時に同じ感情を持っている人がどれだけいるのでしょうか。結局は日常的に報じられる悲惨なニュースを表面だけで受け止めて、自分は、、、?と問いを入れる時間がないように思えます。

 

人間には汚い、醜い部分が少なからずあります。それは拭いきれないもの。だからこそそうした部分を見つめ直す、再確認する必要があると思います。

 

そうすることの一つの方法として自分はキケンな読書のすすめがあっても良いのかなと思いました。

 

もちろん考えたくもないんですけどね、でも人間ですから。たまにはそんな時間をとってみてもいいと思います。最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。

 

ではでは。

 

 

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